浅草三社祭

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大江戸三大祭りは、千代田区外神田にある神田明神の神田祭、永田町の日枝神社の山王祭、
江東区の富岡八幡宮の深川祭を言いますが、東京で最も有名で、最大規模で、
東京名所にもなっているのは、浅草三社祭であることはいうまでもありません。

浅草三社祭は開基628年という1400年近い歴史のある浅草寺境内にある浅草神社の
三社権現の祭りですが、浅草にある台東区には、大江戸三大祭よりも、
あるいはそれに匹敵する歴史がある祭りが他にもあります。

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下谷神社

そのひとつが、東京23区で最も早く行われる例大祭として知られる、
上野界隈を中心とした下谷神社のお祭りです。
開催は例年、ゴールデンウィーク明けの5月第2週に開催されます。

これは、神田明神の神田祭の前週の開催ということになります。
下谷神社は、天平2年(730年)の創建と言われ、神田明神と同じ年代に創建された神社です。
天慶3年(940年)、平将門の乱平定に向かう田原藤太秀郷が戦勝祈願し、
社を造営したという神社ですから、平将門の没後に祭神とした
神田明神をは相反する神社ということになります。

下谷神社の例大祭は、下谷神社のある営団銀座線稲荷町駅を中心に、
西は不忍池、南は御徒町、北は鶯谷、東は清洲橋通に囲まれたエリアで執り行われます。

アメ横や上野公園などもそのエリアです。
圧巻は、千貫神輿と呼ばれている本社神輿で、
元々は、江戸幕府7代将軍徳川家継の生母月光院が、下谷神社の氏子であり、
千貫神輿を寄贈したことに始まります。

関東大震災で焼失してしまいましたが、大正15年に復刻し、現在でも使用されています。
その大きさは、お隣の鳥越神社や第六天榊社の千貫神輿に継ぐ、
台座の一辺が1.5mという大きなものです。

鳥越神社

一方の鳥越神社は台東区南東部、蔵前、浅草橋界隈を氏子図子とする神社です。
白雉2年(651年)創建といわれ、区内でも浅草寺浅草神社に継ぐ古い神社です。
元々は全国に存在する白鳥神社で、平安時代末期、前九年の役で東北征伐に向かう源義家が
この地を訪れ、戦勝祈願し、鳥越大明神と改めたことで鳥越神社と呼ばれるようになりました。

例大祭は例年6月第2週に執り行われます。浅草三社祭とは2週間違いの開催です。
江戸時代、徳川幕府初期、徳川家光に御家人屋敷として、敷地を切り盛られる以前は、
浅草寺に匹敵する2万坪という広大な境内を誇る神社だったそうです。
また鳥越神社と同日開催の例大祭が多いことから、浅草以外の下町では、
最も盛り上がるお祭りです。

鳥越神社の千貫神輿は、台輪四尺三寸で、重さ大きさともに都内最大のもの。
夜の宮入が有名で、御輿の提灯が行幸することから、鳥越の夜まつりとも呼ばれています。
三社祭と鳥越祭の間の6月第1週に開催されるのが、第六天榊社と今戸神社の例大祭です。
第六天榊社は、日本武尊による創建と言われ、伝来では区内最古の神社ということになります。

ただし、徳川家光に切り盛られる前は、鳥越神社の摂社で、鳥越神社境内にある神社でした。
第六天榊社は、蔵前橋から、旧花街の柳橋(現在の浅草橋隅田川寄り)を氏子エリアとしており、
江戸時代には、家光じきじきに寄贈した台輪が九尺もあった大神輿が有名で、
担ぎ手がいないほど巨大な神輿だったそうです。

9尺とは、現在都内最大の鳥越神社の宮神輿の4倍の大きさ、
それに8倍の重さのものだったそうです。
現在の千貫神輿も鳥越神社に継ぐ大きなものです。
今戸神社は、昨今、縁結びのパワースポットとして女性に人気の地。
新撰組の沖田総司終焉の地としても伝えられ、今戸焼(陶器)と招き猫発祥の地でもあります。
康平6年(1063年)に奥州征伐に向かう源頼義・義家が岩清水八幡宮を勧進したものです。
5月6月は、台東区では毎週のように区内のどこかで例大祭が執り行われます。