神谷バー

浅草の老舗、明治13年、1杯の酒から始まった「神谷バー」

1880年、明治13年に浅草の花川戸町で1杯の酒を売る商売「みかはや銘酒店」から神谷バーの歴史が始まりました。
1912年に店舗内部を西洋風にし、そこから店舗名を「神谷バー」とし、現在も現役のビル「神谷ビル」は1921年に建設されたもので、2011年、国の登録有形文化財に指定されています。

当時、鉄筋コンクリート造りの件オズ物は少なく、浅草の町では近代的なイメージのビルでした。
現在、当時をしのばせる建築様式を持った神谷ビルは、古き良き時代を知る方々、そして神谷バーの魅力に取りつかれた若い世代が集う場所となっています。

神谷バーのデンキブラン

神谷バーの創業者「神谷伝兵衛」が作ったデンキブランは今でも神谷バーで飲むことができる最高の1杯です。
デンキブランという名前は、デンキブランが登場した明治時代、電気が非常に珍しかったためにつけられたもので、デンキブランは瞬く間に浅草発祥のお酒として有名になりました。

デンキというのは例えば現代、サイバー○○等、トレンドな商品に付けられる名将のように、大正時代「電気」は新しい物を象徴する言葉だったため、付けられた名称です。
最初は電氣ブランデーという名称だったのですが、ブランデーではない、ということで、「デンキブラン」という商標になったのです。

またこの神谷バーが作り出したデンキブランはかなり濃いアルコール度数で、45度というものだったので、口に含むと電気にしびれるような感覚があり、そのイメージとも一致した名前だったといわれています。
非常にハイカラな飲み物は、当時の若い人たちを魅了し、このお酒に酔いしれた人も非常に多かったのです。

浅草六区で活動写真を見てデンキブランを飲むという楽しみ

デンキブランが登場した大正時代の浅草六区、ここでは当時、活動写真を見てその後、デンキブランを飲む、という事が最高の娯楽だったといいます。
活動写真を見て興奮冷めやらぬ状態で流行りのアルコールを口にする、神谷バーで飲む1杯は最高の1杯だったでしょう。

現代でも神谷バーは、サラリーマン、若者たち、団塊の世代の方々の社交場です。
楽しい事があった時、喜びがあった時、また悲しみや辛い出来事があった時、今も昔も浅草に住む方々のよりどころとなっているのが神谷バーなのです。

明治という時代から激動の昭和、さらに平成と時代が変わっても、デンキブランは存在し人々の心を温めてきました。
神谷バーはその建物をみて大正ロマンを満喫し、最高のお酒を飲んで語り合う事が出来る素晴らしい場所なのです。
タイムスリップしたかのような雰囲気の中で味わう事の出来る最高の1杯、最高の時間を過ごしに、神谷バーに行ってみませんか。